Sincerely for...

このお話は事実を元にしたフィクションです。 期待は小さく、思い出は大きく。

カテゴリ:おはなし

ミネルヴァ報告書


ぜんっぜん更新してなかったので更新する。

続きも書きたいんだけど何にも思いつかないので寝る。


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カテゴリ: おはなし 

かんばせいしょん・ぽえじー


「すきだよ」
「そう。誰が?」
「きみのことが」
「ふうん。なぜ?」
「さて、なんでだろうね」
「あらそう? 残念だわ」
「ざんねん、っていうのは……」
「答えられたら付き合ってあげる」

「ふうん。なぜ?」
「こころにりゆうなんていらないさ」
「それで、どうしたいの?」
「そうだね、つきあおうか」
「それで?」
「それ、で?」
「付き合ってどうするの?」
「どう、したいのかなあ……」
「惜しいわね。でも残念だわ」

「それで?」
「それで、ねえ……」
「付き合ってどうするの?」
「たのしいことは、いっしょにかんがえていけるよ」
「ま、ナシではないわね」
「じゃあ、つきあおうよ」
「あなたは私が欲しくて付き合うのね、じゃあ私はあなたから何を得られるのかしら?」

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カテゴリ: とちゅう  おはなし 

日記

06月24日 日曜日
 明日は燃えるゴミの日だから、家にある空き箱を全部潰して千切り、紙くずにした。たぶん一週間分以上はあると思う。だいたい一人暮らしの燃えるゴミなんて大した分量にはならないのだけど、かといって生ゴミの分を考えると毎週出さない訳にはいかないから、こうやってある種ゴミを増やすような行為をしないともったいなくて仕方ない。ゴミ袋だってタダではない。
 排水口に絡まった自分の髪の毛を引き剥がしまとめて捨てる。抜け落ちた髪の毛が、元は自分のものであったにもかかわらず汚く感じるのは、それが排泄物だからに違いない。要らないものは捨てられる。汚れたものは捨てられる。その捨てられたものが臭気を発しながら相変わらず、間違いなく、自分自身であるということを感じる。ここでこのように呼吸しているのも、そこでああして無数の水垢に絡まっている醜いのも、どちらも自分。違いはなんだろう。生きているか、死んでいるか、ということだろうか。
 僕は生きているだろうか。

 厚手のキッチンタオルを二枚つかって、なるべくその触り心地を感じないようにしてそっと摘んだ。風呂の排水口の蓋は昨日の夜のうちから開けておいていたが、排水口に絡まる自分の髪はその奥のほうがまだじっとりと濡れていた。キッチンタオルは厚手だから、その水分は指先までは触れない。しかし確かに感じる、この手のなかの髪の毛から滲み出す水分の感覚。
 気持ち悪い。気持ち悪いのでさっさとゴミ袋にしまう。ゴミ袋の中の、白い不織紙に包まれた「自分自身」の姿を見ている。燃えるゴミ、生ゴミになったもう一方の自分自身。ただ黙って見ている。
 この中にあるのは燃えるゴミだ、生ゴミだ。そして、それはさっきまでそこにあった「自分自身」だ。自分が自分を捨てる。捨てている。捨てざるを得ない。だから捨てる。

 ぬるぬると濡れた排水口や、そこに絡み付いていた抜け毛が気持ち悪いというのではない。この見るからに触るからに気持ちの悪い、臭気を放つ物体が、元は自分の一部で在ったという事――でもない。本当に気持ちが悪いのは、「これ」が自分であり、必然、自分も、この、今のこの体も、「これ」になるのだ、なってしまうのだ、という事実。逃れようのない事実。
 何かを、殺さずには。何かの命を奪わずには生きてゆくことは出来ない。――そんなわかりきったことを――。奪った残りの命は。命だったものは。
 生ゴミ。そうだ。命の最終到達点は生ゴミ。
 僕は自分の体が生ゴミになるのを感じるのが苦痛だ。いつまで経っても気持ち悪くてたまらない。見なければ済むものを、と言うのは簡単だ。だた言うだけのことはあまりにも簡単すぎて、それは暴力に違いない。暴力は伝染するという。自分にできないことすら、人は簡単に言ってしまう。誰に? 自分に。

 誰かを騙すことを簡単だとは思わない。自分を騙すことだって難しいのに。だけどそれすら勘違いかもしれない。自分は正直者だ。自分を押し殺してなどいない。自分は自分を騙せるほど器用じゃない。そうやって自分の清らかさを信用して、信用しきって、それだけを頼りに、無垢に生きているのかもしれない。自分を人間だと純粋に確信することは、すばらしい。
 髪が抜け、垢を摺り、糞をして、こうして毎日、自分の体が生ゴミになってゆくのを感じる。さっきまで確かに自分だったものが、ほらこうして目の前に、触るのも汚らわしいほどの生ゴミになっている。オンナノヒトはこんなことを毎月、それも相当の苦痛を伴って処理しているのだと思うと、想像するだけで死にたくなる。

 
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続きはたぶんまた今度書く。




 文字を書けば書くほどに、空白は埋まっていってしまう。どうやってなにもないこの場所を書き記せば良いのか、僕にはわからないのです。
 無いものを際立たせようと、周りを有るもので囲おうとも、無いことそれ自体を書こうとも、どんどん口うるさくなってしまう。
 完全に知っているものしか書けないということはない。そもそも完全に知っているものなどはない。けれど、僕は空白についてあまりにも知らない。空白と空白でないものの際について、あまりにも知らない。
 みんなが知っているものにこそ、多くの言葉は要らない。自分だけが知っているものは、自分だけの中にこっそりと仕舞いこんでおきたい。想像はつくがまったく知りえないもの、それこそが怖ろしい。怖ろしいものから逃れるように、僕は
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思いついたが吉日


そろそろ寝ようということでトイレに行く。
行くと、ほとんど晩飯に食った時と代わり映えしないものだからつい在りし時の、皿に盛られていた姿を思い出す。
うっへきったねーの。などと思いながらさむいさむいトイレを後にする。
2月も終わるこの時期にも、まだ我が家のトイレはもはや外といっても差し支えないほどの寒さであり、さらに日も落ちきってしまっている今ぐらいだと凍りついてしまっていることもある。
なぜ、なぜ用を足す前に試しに流しておかなかったかと一瞬後悔もするが、まあそこは一人暮らしの強みとも言うべきか、少しくらいの間なら流さなくったってなんとかなるものなのだ。
汚いというのはわかる。不潔だという意見も大いに受け入れよう。この期に及んで水道代がどうだとか言うつまらぬ話をするつもりもない。だからというわけではないが、凍りついた水道管とその前で呆然とする僕の気持ちも汲んで欲しいのだ。
と、ひとしきり自分と見えない誰かに予防線を張ったうえで便器の横のノブに手をかける。
こういう時は勢いが大事だ。そっと静かにやってしまっては、ちょろちょろと水が便器の内側を流れるだけで、詰まっていない下水道を詰まらせてしまいかねない。
左様ならと(心の中で)一礼して別れを告げ、えいやっと水を流してしまう。どうやら水道管は無事だったらしい。
さてよかった。これでもう今晩はトイレに用事も無いのでさっさと出て行ってしまうことにする。
だいいち寒い。このトイレは寒すぎる。
白熱球の暖かく柔らかな明かり――によく似た色のLED電球を消してトイレの扉を閉め玄関の鍵がきちんと掛けられているのを確かめてから部屋に戻ると、白色の蛍光灯と敷きっぱなしの布団、片付けの行き届いていない部屋がさっきまでと同じ様にそこにあり、我が家ながら寂しい気持ちになる。
不意に、「他人の好きな本を貶すのは、他人の恋人を貶すのに似ている」という言葉を思いつく。
なるほど。人の好みはそれぞれだし、しかし誰もが認める美男美女というのもいる。また自慢の恋人というのは時に身近な誰かに披露してみたいというのもあるし、そういう恋人とはあまり近すぎず、かつ離れすぎないところにいつも一緒にいたいと思うところも似ている。
そして何より、自分の大切な恋人が、また同じく自分の大切な誰かに貶されているのを見ると、何とも言えずもどかしい気持ちになる。
いつもどうにも喩えようのなかった思いがうまいこと形になったような気がする。こういう時は本当に気分がいい。
忘れないうちにどこかへメモしておこう。しかしその前にとりあえず手を洗わなくては、と狭い台所へ行く途中でもう一つ思いつく。
恋する相手がころころ代わるように、好きな本というのも一冊だけには留まらない。読んだ相手もその時どきによって違う印象になるし、気分が乗らない時はちっとも読んでいられない。
しかし本当に好きな本となると、不思議といつでも好きな気がする。
いよいよ気分が乗ってきた。これは良い調子である。最近見ることなく、とうとう死んでしまったかと思っていた僕の頭が珍しく冴えているようだ。今ならこの手を流れるキンキンに冷えた水道水もほのかに温かく、祝福してくれているようだとさえ思える。
さて。手を拭い、これらをどうメモに残したものかと悩むが、改めて言うまでもない、実に幸福な悩みである。
台所の向かいにある風呂場の鏡を確かめるまでもない、今僕は薄気味悪い笑みを浮かべていることだろう。
それもまた良い。
へらへらにやにやしながら万年床の横の万年筆をおいた丸テーブルの縁に思いっきり膝をぶつける。
星が舞う。
声は出ない。
ほとんど座った姿勢であるのに立眩みがする。
手をつき横向きに倒れる。
打っていない方の足を上に、勢い良く倒れこんだものだから、先に布団に着地していた負傷済みの足に無傷の足がこれでもかと打ち付けられる。
泣きっ面に蜂である。
もういい。
もういいから。
どうだっていいし。
さっき思いついたこととか、別にメモした所で何かに使えるってわけでもないから。
無意味だから。
しかしこの膝の痛みは、たとえ無意味だったとしても、真実この上ないのである。
いたい。
すっごくいたいし。
やめてよ。
ばーか。

布団を被り、今がこの時と眠りに就くことにする。
先ほどの素晴らしい着想は、夢から醒めるその頃には、すっかり忘れ去られているであろうことは、想像に易い。
膝の痛みは、おそらく癒えていない。


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僕のなかの僕はあなたのなかに。

僕は認められようと思った。

あなたは認められるためにはまず認めよとおっしゃった。

僕は認められるために認めることをし始めた。

あなたは認めることに尽くした僕をないがしろになさった。

僕は認めることを続けるようにした。

あなたはそれでも振り向こうという姿を見せられなかった。

僕は認められるために認めようという努力を惜しまなかった。

あなたはそれでも同じだった。

僕は認められるために認めるという行動に疑問を感じ始めた。

あなたはそれでいいとおっしゃられた。

僕は認められるための努力としてあなたの言葉を理解しようとしたが出来なかった。

あなたはまたそれでいいとおっしゃられた。

僕は理解されるための努力として認めることにつとめた。

あなたは終ぞ振り向かれなかった。

僕はあなたに憶えた。
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愛と祈り´


I.
 君のためならそう、死んでしまったっていい。


1.
 愛は祈りだ。だから祈る。僕は祈る。

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愛と祈り

I.

 君のためならそう、死んでしまったっていい。




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夜と本




 だれかが「眠れない」と言っているのをみると、

 その人はいったいどんな素敵な本を読んでいるのだろう

 と、空想してみることにしている。

 そんな風に誰かの幸せを思ううちに、

 僕も夢に落ちる。



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だけど僕たちは、


米の磨ぎ汁が随分と白いので、

なにか植物でも買おうかと思った。

昔、サボテンを枯らした事を思い出したので、

やっぱりやめようということになった。

誰かが死ぬのが悲しい

とか、

あんまり、

言わないけど、

自分の知ってる何かに、

もう会えないんだって思うと、

それはちょっと淋しいかも。

ちょっとだけね。



お米はもう炊けた。


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色の無い階段を上れ!



 見たことの無い階段の色は知らない。


 だけど、それらの階段の、上り方なら知っている。


 上れ! 色の無い階段を上れ!



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「ねぇ。」














「ある時にはわからなくて、ない時にわかるものってなんだと思う?」












「じゃあ、好きって気持ちは、なんて言うのかな」












「しーらない」




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ドーナツの穴を食べたよ。



父さんが昔、

うんとうんと若い頃、

ざるそばにめんつゆをかけてしまって、

大変な思いをしたらしい。


知らない事がそこかしこにあると、

驚くべき発見がそこかしこにあって、

楽しいことは絶えない。


ぼくはいま、

昔より綺麗になった店で、

せいろそばにつゆをかけてやって、

友人を慌てさせている。


いろんなことを知りはじめても、

ぼくたちの、

楽しいことは尽きない。




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僕と私――観念的セカイ系



  第一章

「幸せなんてない。でしょ? 言いたいことはわかってるよ。知ってる」

 僕はこの子の身長の割にはハスキーな声が好きだ。
 重たくがさついた低いそれだけの声ではなくて、柔らかく沁みいるような温かい声が、彼女の声が好きだ。


 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。
 彼女は同じことを何度も繰り返している事を自覚している。
 僕は何度も何度も彼女の話を聞く。僕は何度も何度も聴いても理解出来ない。

 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。僕は喜んで聞く。
 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。僕は嬉しい。
 僕は同じ話を何度も聞く。彼女の言葉を何度も聞く。彼女のいとおしい声を何度も聞く。

 僕が不安になる。繰り返すことが嫌になってはいないかと不安になる。
 彼女は僕に笑いかける。彼女は僕に呆れた顔をせず僕と笑う。彼女の笑顔に僕も笑う。
 僕は安心する。彼女は笑顔で僕を受け入れてくれている。出来の悪い僕を笑顔で赦し受け入れてくれる。

 僕は、そして僕と彼女は、幸せなのかもしれない
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ずる。




「そういうの、やめたほうがいいですよ」

 で、「そういうの」っていうのがどういうのなのか全くわからないまま、それでも正義がそこにあるもんだと無自覚に信じて断言する。
 自分が得するからそれが正しいって事にはならないしその他大勢が得をするだろうから自分が苦しくても我慢すべきだっていうのも違う。他人には迷惑をかけていないように見えるならその範囲内でなにをしたって許されるし、逆にその範囲をでたら必ず処罰されなくてはならないと本気で信じていたからそれは仕方がなかったのかもしれない。

 でも残念ながら、本当に残念ながら人は『成長』をする。
 必要な知識を感じながら足場を崩していって徐々に徐々に自分の場所を限定させていく。

 だけど、崩れていった足場の上から見えるのは希望でも確約でもなくて、ただ「足場がない」という姿それだけだ。

 使えるから正義で、使えないから悪。
 半ば白けながら「それは違うな」と思う。これは本心だ。
 同じ程度本気で「それが真理だ」と語る。これも本心だ。
 昔と今では、言っていることは同じでもその意味しているところまでは同じとは限らない。これは、言っていることが違っても意味しているところは同じであるという可能性を示唆するものではないというのは、あえて言うまでもなかったのかもしれない。

 そして、こうやって人は『成長』をしていく。


「そんなに私の運転は酷いですか?」
「いや、僕の三半規管が悪いんです。申し訳ない」
 返答として「気にしないで」とか「大丈夫だよ」とか言わないのは気遣いなのか皮肉なのか。なんともいえないので、
「なんとか『乗らない』という方法が見つかるといいですね」
 と、返しておく。

 苦笑いが格好いいのはずる。

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