Sincerely for...

このお話は事実を元にしたフィクションです。 期待は小さく、思い出は大きく。

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僕と私――観念的セカイ系



  第一章

「幸せなんてない。でしょ? 言いたいことはわかってるよ。知ってる」

 僕はこの子の身長の割にはハスキーな声が好きだ。
 重たくがさついた低いそれだけの声ではなくて、柔らかく沁みいるような温かい声が、彼女の声が好きだ。


 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。
 彼女は同じことを何度も繰り返している事を自覚している。
 僕は何度も何度も彼女の話を聞く。僕は何度も何度も聴いても理解出来ない。

 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。僕は喜んで聞く。
 彼女は僕に謂う。同じことを何度も謂う。僕は嬉しい。
 僕は同じ話を何度も聞く。彼女の言葉を何度も聞く。彼女のいとおしい声を何度も聞く。

 僕が不安になる。繰り返すことが嫌になってはいないかと不安になる。
 彼女は僕に笑いかける。彼女は僕に呆れた顔をせず僕と笑う。彼女の笑顔に僕も笑う。
 僕は安心する。彼女は笑顔で僕を受け入れてくれている。出来の悪い僕を笑顔で赦し受け入れてくれる。

 僕は、そして僕と彼女は、幸せなのかもしれない
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カテゴリ: おはなし  こころ 

ずる。




「そういうの、やめたほうがいいですよ」

 で、「そういうの」っていうのがどういうのなのか全くわからないまま、それでも正義がそこにあるもんだと無自覚に信じて断言する。
 自分が得するからそれが正しいって事にはならないしその他大勢が得をするだろうから自分が苦しくても我慢すべきだっていうのも違う。他人には迷惑をかけていないように見えるならその範囲内でなにをしたって許されるし、逆にその範囲をでたら必ず処罰されなくてはならないと本気で信じていたからそれは仕方がなかったのかもしれない。

 でも残念ながら、本当に残念ながら人は『成長』をする。
 必要な知識を感じながら足場を崩していって徐々に徐々に自分の場所を限定させていく。

 だけど、崩れていった足場の上から見えるのは希望でも確約でもなくて、ただ「足場がない」という姿それだけだ。

 使えるから正義で、使えないから悪。
 半ば白けながら「それは違うな」と思う。これは本心だ。
 同じ程度本気で「それが真理だ」と語る。これも本心だ。
 昔と今では、言っていることは同じでもその意味しているところまでは同じとは限らない。これは、言っていることが違っても意味しているところは同じであるという可能性を示唆するものではないというのは、あえて言うまでもなかったのかもしれない。

 そして、こうやって人は『成長』をしていく。


「そんなに私の運転は酷いですか?」
「いや、僕の三半規管が悪いんです。申し訳ない」
 返答として「気にしないで」とか「大丈夫だよ」とか言わないのは気遣いなのか皮肉なのか。なんともいえないので、
「なんとか『乗らない』という方法が見つかるといいですね」
 と、返しておく。

 苦笑いが格好いいのはずる。

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